りおりお誕生




陣痛が始まって「いよいよだ!」と思うとなかなか眠れず、
ほとんど徹夜のまま7日の朝になりました。風船くんを起こし、
入院バッグを持って母と3人で病院へ。

診察では「今日中には生まれるでしょう」とのこと。
そのまま、陣痛室に行くことになりました。陣痛室には
2つベッドがあり、もう1つのベッドには別の妊婦さん(後でお友達になった
Kさん)とそのご家族が付き添っていました。
私はまだ痛みも弱く風船くんと写真を撮ったり、冗談を言ったりして
余裕でしたが、Kさんはかなりつらそうでした。
私もあんなに痛いんだろうか。。。と思うと不安でしたが、
もうここまで来たらそんなこと言ってもどうしようもありません。

でもKさんはとても静かに陣痛に耐えて、夕方無事ご出産。
陣痛室にまで赤ちゃんの産声と「おめでとうございます」という声が
聞こえてきて、私までとても嬉しくなりました。
早く私も赤ちゃんに会いたい!!という思いもいっそう強くなりましたが
陣痛の間隔は短くなるどころか、長くなってしまっているではありませんか!

6時頃からはかなり痛くなってきて、「今まで生きてきた中で一番痛い」
と太鼓判をおせるくらいの痛みになっても、お医者さん、助産婦さんは
まだまだだと言うのです。
「明日になりますね」と言われたときは「クラッ」ときました。

夜になると陣痛も最高潮。「私は絶対叫んだり喚いたりしない」と思っていたのに、
泣くわ叫ぶわ喚くわ、それはもう怪獣のようでした。
風船くんが気を紛らわせようと「ほらっ、呼吸法だよ、ひーひーふー」
とかいろいろ言ってくれるのですが、それどころではなく「痛くてそんなのできないよ! 
もっと役に立つこと言ってよね」と怒鳴ってしまいました。(風船くんは
かなりショックを受けたらしくしばらく黙っていました)
何がなんだかわからなくなって、風船くんと勘違いして母に英語で話しかけたり
もうめちゃくちゃです。

寝不足とのダブルパンチで最後にはへろへろになってしまいましたが
8日の日付になって間もなく、待ちに待ったりおりおが誕生しました。
時間がかかってしまったので、仮死状態で生まれたため、産声が聞こえなくて
泣きそうでしたが、しばらくしてフギャ−という泣き声を聞いたときは
心からほっとしました。

いきんだときに顔の血管が切れて、(嘘みたいですが血管が
ぶちぶちって切れる音、自分で分かりました)ひどい顔になっていましたが
そんなことどうでもいいくらい嬉しかったです。

出産後まだ分娩台にいるときに、母と風船君に「今回は初めてだったから
いきむのも下手だったけど、コツを覚えたから次のときはもっとうまく産めると思うよ」
と言ったらかなり呆れられてしまいました。
					(2001年4月)



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